社会保障・税特別委/佐々木憲昭質問/消費税増税不要

「消費税増税の必要はない」と言って政権を「奪取」した民主党が、自民党から「消費税増税を決断せよ」と迫られて、いまや「政治生命」をかけて消費税増税を実施したい、という局面です。バカバカしいことこのうえない事態です。

自民・民主が圧倒的多数を占める国会審議は、「見ているだけで頭にくる」という声が私のところにさえ毎日寄せられます。

そんななか、きのうの衆院社会保障・税特別委員会での佐々木憲昭議員の質問は、消費税増税論がまったく成り立たないことを明快に示してくれました。

大企業の税負担は財界の要望のままに減り続け、庶民の負担は今後3年間で20兆円の増加。

大企業は中小企業よりも税負担が軽く、ため込み金(内部留保)はふくれるばかり。

まして消費税増税で13.5兆円増えるうち7兆円は財政赤字の穴埋めなどに「置き換わる」(岡田副総理)。

大企業の富を国民に還元させ、社会保障の再生・充実、財政危機打開へ向かわせる政治へ変えることの展望を示してくれました。

これからの負担増

大企業内部留保

減り続ける大企業負担

中小より大企業が軽い負担

共立病院/地域医療対策/実態に基づく政策

約束していたいわき市立総合磐城(いわき)共立病院、いわき市保健福祉部地域医療対策室をたずね、レクチャーを受けました。

共立病院では、大震災後の病院としての対応について病院事務局総務課長から、今年2月7日に「いわき市新病院建設に係る基本構想づくり懇談会」からの提言に基づく新病院基本構想について病院建設室長から、それぞれお話をうかがいました。

現在の許可病床数が828、運用は744、入院患者数のピークは630~640、新病院病床数予定は660程度とのこと。

病床数減は私の根本的疑問ですが、ともかく、「患者を中心とした良質な医療の提供」「地域の医療水準向上への貢献」「地域での対応が困難な医療の提供」という新病院の「果たすべき役割の柱」を、現実のものとする市立病院とするための私たち市民の役割が重要だと思います。

その後、樋渡(ひわたし)信夫院長ともお会いし、懇談しました。

地域医療対策室は、前市長時代に新設された部署です。

実は当時、いわきの深刻な医療実態を把握して政策提言を考えるために、あちこち聞いて歩いたのですが、いわき地方の「医療計画」をつくるのは福島県、医療現場からのさまざまな生データを県や国へ届けるために「通過」するのが保健所で、市役所の中にいわき市医療の実態や医療需要を把握し、この地域の医療をどうするかの政策作成主体がないことを感じていました。

そのしくみは今も変わってはいませんが、地域医療を住民の立場に立って充実するための県の役割やリーダーシップの発揮は、それぞれから強く求められました。

本質的に公的な医療提供を、行政が手放す政策を国策として進められてきたなか、職員のみなさんの悩みはいかばかりかと思います。

地域の医療・介護・福祉提供を一人ひとりの住民のために調整するコーディネートの公務労働すら縮小され、手が出せないのです。

誰がこんな世の中にすることを主導し、手助けをしたのですか? 私はそうならないことを主張し、提案もしてきましたが、これが受け入れられないできたからくりなど、誰か知っていたら教えてください。

朝の街宣/金環日食/のり面の崩落/電信柱

けさは、県議選前には木曜日にしていた「定時定点」で朝の街宣。

ちょうど「金環日食」の時間でした。いわきでは、伊藤博文が初代内閣総理大臣になる2年前以来129年ぶり。東京23区では173年ぶりというし、大阪は282年ぶりというし、名古屋では932年ぶりとのこと。「日本では25年ぶり」というのは、沖縄地方に限ったことのようです。きょうまで知る機会を作りませんでした。

こういう歴史的な日に、歴史的な目で日本政治を見直し、原発・消費税問題を考えたい、と話しました。

家を出る前に太陽を見ると、「上弦の太陽」でしたが、街宣後に見るとすでに「下弦の太陽」でした。

お孫さんが観測用の「めがね」があるので、学校から渡された「シート」をもらったという、街宣場所のまん前の事業所社長さんからそのシートをお借りしました。

県有地と私有地にまたがってのり面が崩れた場所があり、現地を見てほしいという要望があって行きました。

県のいわき建設事務所にも行って、その対応を確認。

のり面が崩れたことに伴い、NTTの電信柱が県道側に傾いており、県としてはその電信柱の補修を受けてきょうから土留め作業に入る予定をしていたところ、NTTから、電信柱は地中深く埋めていて、このぐらいの傾きでは対処しない、とのことで、県はこれを前提にまた土留め作業を今月中に実施する、とのこと。

電信柱は傾いたまま、県は土のうで土留めする、とのことですが、崩れた私有地には手をつけられず、所有者の責任で対応してほしい、と。

果たしてこれで、安心して住める環境を整える行政の責任は果たされるのでしょうか?

交流会/フラワーセンター/花見山/楽しい出会い

私が住む住宅街の党支部交流会が「いわき市フラワーセンター」であり、夫婦で参加しました。

一日快晴で暖かく、風もなく、青空のもと、野外でみんなで食べたお弁当の昼食はサイコーでした。

このセンターで草花園芸のアドバイザーをしている医療生協の理事さんと出会ったり、小さい3人の子を連れた若いお母さんから「お久しぶりです」と声をかけられたり、意外な出会いもありました。

その後、交流会でも話題になった内郷高野(こうや)にある高野花見山へも2人で出かけました。

たまたま、ここを始めた「会長さん」と出会い、いわきの政治の話から国政の話から、いわきの政治家の話を含め、なにやら話にも「花」が咲きました。

そしたら、「はせべくんじゃないの」と小中学生時代の同級生。やはりご夫妻で、ペット連れで来ていました。

楽しい出会いの一日でした。

丸山重威さん/ジャーナリズムの仕事/斎藤茂男さん

憲法記念日にいわきでご講演いただいた丸山重威(しげたけ)さんから2冊の冊子(著作)をいただきました。

今年定年退職された関東学院大学での最終講義「マスコミュニケーションとジャーナリズム」(関東学院法学第21巻第4号、抜刷)と、日本ジャーナリスト会議の機関紙「ジャーナリスト」のコラム「視角」に2001年から2010年までの掲載分をまとめたもの。

最終講義で、南三陸町の有線放送アナウンスを担当し、津波にのまれた遠藤未希さんの「逃げてください」と叫んだ仕事について、「いまの危機を伝え、人々の行動の指針とするために働いたという意味で立派なジャーナリズムの仕事だった」との言葉が重いです。

また、「憲法を考えるのではなく、憲法で考える」ことの大切さを言い続けた姿勢を自らのものにしたいと思います。

5月3日の講演後にお話をしたときに、丸山さんが共同通信社出身ということで、私が「斎藤茂男さんといっしょだったこともあるんですか?」と聞いたことが、どうも印象に残ったようなのです。「私の師匠みたいな人です」とおっしゃっていましたが、そんなご縁で冊子を送っていただきました。

斎藤茂男さんのルポルタージュは大好きだったので、わが家の本棚の一角は「斎藤茂男ミニ文庫」です。

原発事故の被害と補償

『原発事故の被害と補償』(大島堅一・除本理史著、大月書店)を読みました。

「社会的費用」論、「環境コスト」論を理論的バックグラウンドにしつつ、大学院時代に同じゼミに所属していた2人による、昨年11月半ばまでの情報にもとづく、原発事故補償をめぐる「中間報告」です。

政府による「事故収束」宣言や、避難対象区域再編などの動きの前までですが、本書ではそれを前提に、被害の全体像(第1章)、従来の公害問題との共通性と異質性に着目した社会経済的側面の被害構造(第2章)、経済的被害を諸類型を整理したうえでの被害額の大きさ(第3章)、被害を引き起こした関係主体の責任に基づく補償財源(第4章)を論じます。

ともかく、福島原発事故による全面補償、エネルギー政策の転換を願い、「人間の復興」をめざす被害補償のあり方を示してくれています。

憲法街宣/生協理事会


日本国憲法を守るいわき市共同センターによる市内いっせい宣伝の日です。小名浜では、いつものスーパー前で医療生協職員・年金者組合員といっしょに「浜通り医療生協九条の会」として実施しています。

近所から買い物に来ているかたがたや駐車場から店舗に向かう人、車の中から手を振ってくれる姿に力づけられます。

すぐ近くが信号のある交差点で、信号待ちのかたが窓を開けて聞いてくれる場面もあります。

原発問題で、福島原発の事故究明もされていない、まともな規制機関もない、活断層の影響がまともに評価されていない、避難計画も作られていない、「ないないづくし」の原発再稼動など許してはなりません。「稼動ゼロ」から「原発ゼロ」へは、政治的決断の問題です。

民主党政権が命をかけると言う「社会保障と税の一体改革」の中身は、消費税増税と社会保障後退の「一体改悪」でしかなく、大企業や大資産家への減税策を継続・実施する一方で、なぜ消費税だけを増税するのか、なんの説明もありません。

しかも、年間5兆円に及ぶ軍事費や、共産党だけが受け取らない年間320億円の政党助成金、やめると言っていた八ッ場(やんば)ダムなど大型公共事業はのきなみ復活・継続などのムダ使いは放置。

税金のこうした集め方・使い方をあらため、応能負担原則に基づく税・社会保障の確立こそ、憲法13条・25条・9条が指し示す日本社会であることを訴えました。

午後は浜通り医療生協の理事会に出席。総代会が6月末に予定されており、提案する議案の審議です。次回の理事会で決定する日程です。

海外調査打合せ/清水教授/出先の意見交換

チェルノブイリ原発事故後26年の現況と、ヨーロッパでの再生可能エネルギー導入状況について、県議会として調査するための打ち合わせ会議がありました。

17人の県議会議員メンバーが決まって最初の海外行政調査にかかる打ち合わせでした。

調査日程は7月9日~18日、最初の5日間はチェルノブイリ関連の調査を全員で、その後はドイツでの再生可能エネルギーの現状(A班)と、フィンランドでの放射性廃棄物最終処分(B班)との2班に分かれての調査です。

私はA班で、記録・報告担当をします。

調査に同行してくれる福島大学の清水修二教授から、「調査のポイント」についてお話いただきました。

調査の目的を明確にすること、視察先の側から見てレベルの高い調査にすること、なにより、県民にきちんと報告・還元できる調査結果とすることなど、あたりまえですが、強調されました。

終えるとただちにいわきにもどり、県のいわき地方出先機関といわき選出県議との意見交換会に参加。

県の出先として、いわき地方振興局、ハイテクプラザいわき技術支援センター、いわき農林事務所、水産事務所、水産試験場、いわき建設事務所、小名浜港湾建設事務所、企業局いわき事業所があり、限られた時間ではとても意見交換は終わりません。ましてこの震災後は。

丸一日の時間がほしかったぐらいでした。

アクアマリンの復旧

視察3日目は、いわき市にある「アクアマリンふくしま」の復旧状況の視察でした。やはり、きのうのうちにいわき市へ移動。日本で二番目に広い県の、北西の端から南東の端への移動でした。

開館したのは2000年7月15日で、私たち家族はその日を避けて翌日に行った覚えがありますが、昨年の3・11で「両翼と本体を損傷し、飛翔能力が失われました」(安部義孝館長)。「両翼」とは、「アクアマリンえっぐ」と「子ども漁業博物館うおのぞき」。

ともかく、開館11周年目の昨年7月15日の「再オープン」は、私にとっても勇気を与えられるものでした。

今のところ、本館展示の水準は80%ほどに復旧していますが、外構部分は地盤沈下の修復をしなければなりません。また、展示の魚などを保全していた「水生生物保全センター」は、やはり地盤の液状化や沈下などで、建物自体も傾いている状態で、現在の建物の復旧は見込めないようです。

保全そのものの機能設備は本館にも備えられているものの、センターの規模ではなく、これからの課題のようです。

きょうも館内には、郡山市や本宮市の保育園・幼稚園児がおとずれていて、なかなかの賑わいでした。しかし、入館状況は震災前と比べるとやっと半分を超える程度。とくに県外からの来館者がまだ4割強。

全国からおいでください。

2日目/金山町の豪雨被害/東北電力の水力・地熱発電所

視察2日目は金山町から。きのうのうちに移動しました。

午前中は金山町役場へ行き、昨年7月の新潟・福島集中豪雨による町内やJR只見線の被災状況と復旧へ向けた現況を視察。

金山町は人口が2500人ほどで、その7割が只見川沿岸に住んでいます。人的被害はなかったものの、災害後に亡くなったり、認知症が進展する高齢者がいるなど、「心のケア」が課題だと、長谷川律夫町長。

住宅被害は104棟、非住家被害は147棟、公共建物被害は10棟で、いまだ修繕工事が完了していない世帯も残されています。

とくに、発電専用ダム直下での被害が多く、町長は、電力会社の責任で町や住民への補償を求める姿勢です。

JR只見線の状況はJR担当者から説明を受けましたが、復旧そのものの見込みが現状では示せないほどの被害です。

次に、同じ町内にある東北電力の水力発電所(揚水式発電)の第二沼沢発電所を視察。1981年から発電を開始しており、県立自然公園区域になっていることから、主要な構造物は地下にあります。1・2号機合わせて、最大出力46万kwは、東北電力では最大の水力発電所。

昼食をはさみ、柳津町にある、やはり東北電力の柳津西山地熱発電所。1995年に運転を開始しており、設備容量は6万5000kw。ただし、蒸気量の減衰により、現在は2万8000kw程度にとどまっているとのこと。

なお、設備のうち、発電施設が東北電力で、蒸気供給設備は、今は三井金属が100%出資の奥会津地熱㈱のものです。写真で見ると、バルブの左側が蒸気供給設備、右側が発電設備で、その後ろに見えるのは、蒸気中に含まれる硫化水素を除去する装置。

水力も地熱も、これからの爆発的な普及が求められる自然エネルギーだけに、説明していただくみなさんの話も熱が入っていたようです。