津波被害/行政の姿/再開に感激

【沼の内浜街】

【沼の内浜街・ヤマヘイ前】

沼ノ内の堤防沿いでは、100mほどしか離れていないのに、一方では家が津波で破壊され、一方では津波による浸水被害にとどまったとのこと。

こういう現場を見るにつけ、やりきれない思いにさせられます。

小名浜大原地域の医療生協総代や組合員宅をたずねました。この地域は津波の被害はまったくありませんが、当日の地震による被害、その後の原発事故への不安はただごとではありません。

市内のどこの地域でもそうですが、行政が自分が住んでいる地域にどういう支援の手を差し伸べようとしているのかは、まったく見えない、という声は圧倒的に多いです。行政だけで対応できるとは私はまったく思いませんが、こうした声がどこでも出る事態は、行政はシカと受け止める必要があります。

税金を払う私たちは、こういうときこそ行政が住民の暮らしを支える姿を見せてほしい、と思うのは当然のことです。

住民に寄り添って働く公務員と、官僚をいっしょくたにして公務員バッシングをし、公務員をどんどん減らしてきたことの責任を、見きわめるべきだと思います。

夕刻には小名浜生協病院に全日本民医連から医療材料などの物資が届けられました。月刊誌「民医連医療」の編集部の仕事をしていた当時、編集委員をされていた、いまは事務局次長の広田さんと再会でき、感激です。

【要注意家屋】

沼ノ内から薄磯・豊間小へ

沼ノ内から薄磯に入り、豊間小まで歩きました。

【沼の内側から薄磯】

13日は県道豊間四倉線が瓦礫でふさがれ、この道路を通って沼ノ内から薄磯には入れませんでした。流された車だけがそのままでした。

【薄磯中街から山側】

【薄磯中街から山側】

薄磯中街あたりのバス道路から山側をながめてみました。

【薄磯・薄井神社から】

【薄磯・修徳院墓地】

修徳院の墓地に入る道はふさがれています。

北ノ作の田んぼの様子では、東側(右側)からやってきた津波が、薄井神社を左に見ながら南下して来たようです。

これから薄磯地域での作業が始まるようです。

【豊間小学校プールから】

【豊間小学校前】

【豊間中学校】

沼ノ内公民館の避難所をたずねると、4人のおばあちゃんたちが、「生き残った私たちががんばるしかないもんね」「いまから仕事をしたくてうずうずしてるんだ」と話をしてくれ、なんだか元気をもらえました。