市議選へ打ち合わせと会議と/8月29日演説会

けさは高橋あき子事務所でまず打ち合わせ。あき子市議の選挙対策責任者の私が県議会の種々の日程でなかなか来れず、事務局をになっていただいているみなさんにはご迷惑ばかりかけています。

午後は私が住む地元の党支部会議に参加し、当面1週間の行動日程を決めました。昨年の県議選では、徹底して地元をいっしょに歩いたみなさんで、また熱い思いが蘇りました。

夕刻は、高橋あき子市議選挙区の党支部長会議に参加。それぞれの地域の活動状況を交流しました。新しい仲間を迎えたり、いろんな行動予定が計画されたり。

わが家の掲示板もそのモード。8月29日には党政策委員長の小池晃さんを迎えての演説会もあります。

団会議/オスプレイ/被ばくデータ偽装

7月5日以来の県議団会議でした。毎週開催を基本にしていますが、この間は、私の海外行政視察や、それぞれの視察があり、きょうになりました。

お盆をはさみ、9月2日にはいわき市議選告示。市議選が終わると直ちに9月県議会の準備です。当面の日程調整だけでもなかなかなもんです。

会議をはさみながら、午後は「オスプレイ配備反対の明確な意思表示を国に対し行うよう求める申し入れ」。佐藤泰彦・知事直轄参事が対応してくれました。

オスプレイは、墜落事故を繰り返してきた世界で最悪の欠陥機です。そればかりかオスプレイは、防衛省のパンフレットが、「待ち構える敵を強襲して上陸する」作戦で、「来援部隊の受け入れ基盤の確保」「重要目標の制圧」を行なう、と紹介するぐらいのしろものです。まさにアメリカの殴り込み部隊・侵略能力強化の最前線の武器です。

その訓練のために、福島県の阿武隈山系や会津地方でも低空飛行する計画も明らかになっています。

さらに夕刻近くには、「『被ばくデータ偽装』の事実解明、原発下請け労働者の労働条件整備を求めることの要請」。古市正二・生活環境部次長が対応してくれました。

原発事故収束作業の大前提は、被ばく線量の管理です。しかも収束は、体を張って働く作業員の労働なくしてありえません。

今回の「データ偽装」の疑いも、何層にも及ぶ下請け構造が背景にあります。

事故前から指摘され続けていた問題であり、県として、しっかりとした姿勢が必要なのです。

チェルノブイリ・ハート

『チェルノブイリ・ハート』(マリオン・デレオ著、合同出版、昨年9月刊)を読みました。

著者はドキュメンタリー映画作家で、2003年にこのタイトルの映画を制作し、04年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞、06年には国連総会で上映されたそうです。

「チェルノブイリ・ハート」とは、チェルノブイリ事故直後から増加傾向にある、心臓に複数の穴が開く先天性障害の疾患を、ウクライナ人がそう呼んでいる、とのこと。

行政調査では、こういう実情まで踏み込むことはできませんでした。

私自身、この本で初めて知りました。

視察報告の準備/理事会

県議会としてウクライナ・ベラルーシ両国へ行き、チェルノブイリ原発事故後26年の現状を視察・調査した報告をあれこれ考えています。

向こうで受けた説明や質疑応答のやりとりは後日、録音した記録をすべて文字化して確認する予定ですので、それはそれとして待ちたいと思います。

とりあえず、時系列で、どこでどんな話を聞いてきたか、写真記録をもとにまとめようと思います。

これまでのあれこれのレポートに目を通しつつ、そんな作業に時間を費やしています。

きょうは、定例の浜通り医療生協の理事会に出席。あれから1年4か月が過ぎましたが、全国の医療生協や民医連からの支援は続いています。同時に、健康まつりや芋煮会などのこれまでの恒例の行事にしっかりとりくみ、再生・復興へ新たな決意です。

商工会議所/「増税などありえない」

いわき商工会議所の第91回通常議員総会後の交流会に招待を受け、参加しました。

小野栄重会頭や専務理事さんなどと親しく懇談させていただきました。

大震災と原発事故から1年4か月が過ぎ、商業はいわきだけでなく福島全体で崩壊するという危機感があったと会頭。

冒頭での会頭のあいさつは、いわきの再生・復興へ向けた心からの熱意を感じました。

いろんなかたと話をしていると、いわき市立病院の「赤字」は、その大半が消費税「損税」が要因という共産党市議の指摘を聞いた、という話。

私も病院の消費税負担による経営圧迫のことは指摘し続けています。

こんな時に消費税増税などありえない、と、そのかた。

復興庁副大臣や自民党衆院議員が参加するなか、こんな話はここだけの話なのかもしれません。

奈良県立医大/研修医の定着

奈良県立医科大学へ行き、臨床研修医の定着などに関するとりくみ状況をうかがいました。

そのとりくみについて説明してくれた福井章・臨床研修センター長は、小一時間の話で声をからすほどに熱を込めてくれました。

私自身は、医師の地元定着のためには、医師として働き、生きがいがもてる研修条件・労働条件の整備だと思っています。

私には、その条件整備のために、医学部6年生や研修医のナマの声・要望を聞くことから始めたとりくみに痛く共感しました。

医大だけでなく、県として、その姿勢が医師や医学生に伝わるかどうか、がカギのように思えます。

被爆者援護対策/兵庫県こころのケアセンター

特別委員会としての2日目の午前中は、広島県庁へ行き、健康福祉局被爆者支援課から被爆者援護対策について説明を聞きました。

被爆者健康手帳が交付されている人は広島県内で約9万6,000人、平均年齢は80.2歳です(広島市内では77.6歳)。全国では約21万1,000人で平均年齢は78歳を超えています。

1957年に原爆医療法が制定されるまでの戦後12年間、被爆者が「放置」された問題についてあべ裕美子さんが質問しましたが、68年に制定された原爆特別措置法、これら2つの法律を統合した被爆者援護法が1992年に制定され、法改定や施行令改定が重ねられているものの、被爆者にほんとうにより添えているか、徹底検証が必要です。

バスで兵庫県に移動し、「兵庫県こころのケアセンター」へ。

センターの概要とこころのケアに関する研修、相談、診療体制についてお話をうかがい、センター内を見学しました。

災害時には、仮設住宅入居時や、復興住宅入居時から関わることが、きわめて重要なことが強調されました。

また、今回の福島原発事故による兵庫県内への避難者からも相談があり、家族離散、子どもの教育、孤独感、関西弁になれない生活環境など、たいへんです。

広島平和記念公園/献花

きょうの広島は気温35度だそうで、広島大学に着いた時からほんとうに暑かった!

大学を出たあと、車窓から「被爆柳」や「原爆ドーム」。

午後5時を回っていたと思いますが、広島平和記念公園に寄り、特別委員会全員で献花をしました。

広島大放医研/国際ネットワークは?

今日から県議会の「子育て・健康・医療対策特別委員会」による視察です。

朝7時半に家から福島空港に向かい、出発が30分分遅れた飛行機で大阪の伊丹空港、そこからバスでJR新大阪駅へ行き、新幹線で広島駅へ。

最初の視察先の広島大学原爆放射線医科学研究所に着いたのは午後3時半前。

所長の神谷研二さんから研究所の概要と放射線医学の研究・医療体制についてお話をうかがいました。

神谷所長は、福島原発事故のような原発事故は起こらないと信じていた、と率直に語っておられましたが、あの事故後、福島大学副学長も兼ねておられます。

国際的な被ばく医療研究ネットワークの話も触れられたので、チェルノブイリ原発事故の影響による疾病情報などのウクライナやベラルーシの医学研究者・臨床医との組織的な関係の有無をうかがいましたが、研究者個人どうしの情報交換にとどまっている、とのこと。