就寝時間/つどいを高橋市議と/放射線量

夕べは、福島市での「原発問題福島県民連絡会」総会が8時過ぎに終了後、いつものように自家用車で帰宅したのが11時前。

実を言うと昨年の震災後からは、「あした何があるかわからない」という思いがあって、就寝時間がかなり早まっていました。そんなんで、夜の時間はなかなかきついです。

だから震災後に翌日近くの時刻に寝ると、朝6時25分からのテレビ体操に間に合うように起床することは至難でしたが、なぜかけさは6時起床。

ぶじ、日課のテレビ体操から一日が始まりました。

午後、高橋あき子市議と「つどい」に参加しました。私が住む住宅街の平(たいら)地域側のお隣りの住宅街の集会所が会場でした。

昨年の県議選直前にこの場でお話して以来でしたので、県議選後の県議会での様子を冒頭に報告し、原発再稼働や消費税増税のことについて、何の道理もないことを話し、9月の市議選で、こうした私たちの声をしっかりと受け止める市議会にすることの大切さを訴えました。

みなさんからは、年金削減の今後の予定、国保税値上げの予定に対する怒り、被災地いわきでは、双葉郡の避難者のみなさんを含め、雇用問題が深刻な課題であることなども訴えられました。まったくそうです。

この「つどい」を主催してくれた地元の党後援会のみなさんがこの住宅街の9か所の放射線量を測定し、その結果も報告されました。

「いわき市の放射線量」として毎日テレビやラジオで発表されている毎時0.1μSv程度の低い値の場所はどこもありません。

原発労働者/「派遣、ピンはね、篏口令」

『「最先端技術の粋をつくした原発」を支える労働者』(樋口健二・渡辺博之・斉藤征二著、学習の友ブックレット)を読みました。

「渡辺博之」とは、わがいわき市議会議員です。昨年は、月刊誌『経済』(新日本出版社)12月号の特集「今日の労働者状態」に「原発労働者の下請け構造」と題し、生活相談から見えてきた原発下請け労働者の過酷な実態を報告していました。

また、昨年8月4日に日本弁護士連合会が主催した震災・原発問題の連続シンポジウム第1回のシンポジストを務め、今年1月にはその記録が岩波ブックレット『検証 原発労働』として出版されています。

本書では、原発下請け労働者の聞き取りに加え、提供された給与支払明細書・放射線管理手帳・作業実績表・作業月報なども示され、「派遣、ピンはね、箝口(かんこう)令」の実態、民主化が求められる原発労働を提言しています。

樋口さんは、25歳のときから写真を撮り始めて50年、原発の写真を撮り始めて38年になるフォトジャーナリストです。

斉藤さんは、1967年の美浜原発の基礎工事の建設から原発の仕事にたずさわり始め、1981年に「運輸一般労働組合原子力発電所分会」を公然と立ち上げたその人です。