議会報告と懇談/保育士の告発

小名浜地域で党の鹿島・玉川後援会による「議会報告と懇談会」があり、伊藤ひろゆき市議と参加しました。

ここは昨年3月10日に「つどい」を開き、県議選告示日の11月10日に個人演説会を開いたはなはだ縁の深い会場で、地元のかたがたには生協病院事務長のころからずっとお世話になっている地域です。

復興増税と消費税増税といったいなんなのか、地元事業者から「消費税をみなさんに転嫁できない。しかし消費税を私は払わないといけない。生活も事業もやっていけない」などなど、怒りの声が次つぎです。

やはり地元に住み、定年退職されたばかりの保育士さんが、「子ども・子育て新システム」が、子どもたちのことよりもお金もうけが優先されるシステムである危険なねらいを、保育現場から告発されました。

きのうは小名浜で定時定点の街頭宣伝もしていました。

介護保険料/合併住民の負担増/自治体分割

県内市町村の今年度から3年間の介護保険料月額基準額が、先月末に明らかになりました。

各市町村「まかせ」が介護保険制度の基本なので、県平均はあまり意味がないかもしれませんが、県平均は4,705円。この制度が始まった当初(2000~2002年)は2,378円でしたから、1.98倍、ほぼ2倍です。

5,000円を超えたのが、福島市(5,100円)、白河市(5,100円)、磐梯町(5,093円)、西郷村(5,495円)、飯館村(5,703円)の5市町村です。

福島県は、介護保険開始時は90市町村でしたが、「平成の大合併」により今は59市町村です。

たとえぱ今の福島市は福島市と飯野町が合併しましたが、介護保険料は旧福島市住民にとっては00年に対してほぼ2倍、旧飯野町住民はほぼ2.5倍です。

また白河市は、白河市・表郷村・東村・大信村が合併しましたが、旧白河市は2.1倍、旧表郷村は2.3倍、旧東村は2.6倍、旧大信村は2.9倍です。

合併で広域化して市になって、旧町村住民は負担がより増えてしまいました。

住民に身近な自治体の存在こそが大事なのではないでしょうか。これからは、住民にとってなんの益もない合併を見直し、自治体分割こそ必要なのではないでしょうか。

消費税増税ストップ集会/拍手喝さいの寸劇

「震災復興・消費税増税ストップ! 4・1福島県民集会」にいわきからのみなさんといっしょに参加しました。

会場では、私が小名浜生協病院事務長や浜通り医療生協組織部長を務めていたときにお世話になった会津や福島、そして県民医連幹部だったみなさんから次つぎと声をかけられ、そういえば、きょうまで会う機会がなかったなぁ、と思ったしだいです。

きょうから4月なのに、やたらに寒く、時おり曇って小雨が降るかと思えば日が照ったり、不安定な天候でしたが、集会そのものは熱く、とくに各団体による「決意表明・寸劇」は、拍手喝采でした。

元気にみんなでデモ行進もしました。

2月県議会閉会後に読み始めた『系外惑星』は、いわきから福島市へ行くバス車中できょう読み終えました。

入党/久之浜で懇談/終の棲家

「共産党に入るつもりだ」という人がいると聞き、地元の党支部の党員とたずねました。60代のかたですが、聞くと、若いころからかつてすんでいた地域の共産党の人たちや、「しんぶん赤旗」日刊紙を読んでいる人たちと交流があった、とのこと。

原発でも20年ほど働き、言っちゃいけないことでがんじがらめで、言えば即クビだった、という話。

そんなわけで、入党申込書にすぐに書いてもらいながらの話でした。

 

その後、福島第一原発30km圏内に一部が入る久之浜地域の住民のみなさんと懇談。放射線測定と汚染マップの策定、除染によって安心して暮らせる環境にもどすこと、子どもたちの避難先を含めた対策、賠償問題など、原発事故直後からの住民の悩みはいまだほとんど大きいままです。

午後には、私も理事を務めている浜通り医療生協の理事会でした。「終(つい)の棲家(すみか)」は私が病院事務長として移転新築する以前からの課題で、欠陥だらけの介護保険制度のもと、解決へ向けて独自の努力を続けています。

増税法案/負担の逆転現象/きょうの行動

民主党・野田政権が消費税増税法案を閣議決定し、民主党も連立与党・国民新党もしっちゃかめっちゃかになりそうです。

富裕層には負担能力に応じて課税を、というのは世界の流れですが、日本ではどうでしょう。

所得が1億円を超えると、所得税負担率が下がります。しかも、所得に占める配当・株式譲渡所得は、所得が1億円を超えると急増し、所得100億円超の場合、99.8%です。

ちなみにトヨタ自動車では、社長は、所得税と社会保険料を合わせた負担率が16.0%で、トヨタ正社員のそれは30.8%。社長が受け取っているお金は1億3500万円の報酬と2億583万円の配当。正社員の平均給与は727万1090円だそうです。

こうした「逆転」現象の最大の要因は、配当や株式譲渡益にかかる税金が本来なら20%なのに、10%に半減されているからです。

民間給与は減り続け、年収200万円以下層が増え続け、そして消費税増税法案。民主党政権は話になりません。

きょうはこんなことをつらつら考えながら、午前中は「いわきに県立病院を」をテーマに通信「かけはし」の原稿を書き、午後は約束していた人と会い、夕刻はいわき商工会議所議員交流会に参加する一日の行動でした。

団会議/緊急要望/裁判報告/労組とたたかい

定例の県議団会議です。

25日投票の県内「ミニいっせい地方選」で候補者全員が当選した結果と特徴、北朝鮮「ロケット」発射計画問題など内外の情勢について意見交換。

また、「新年度に伴い被災者支援を縮小させないなどの緊急要望」をまとめ、文字通り、緊急に、県災害対策本部に申し入れました。

県議団のこうした申し入れなどは、すべて「日本共産党福島県議団」ホームページにアップしますので、ぜひご覧ください。

いわきにもどり、「裁判報告と団結のつどい」に参加。

いわき市労連が支援する「いわき理容美容学校裁判」「花見台自動車裁判」「石の鈴木裁判」の3つの裁判について、前二者の勝利判決、もうひとつも勝利濃厚の動きであることの報告、争議団のあいさつ、支援者からの励ましのことばが続きました。

ただ、一審判決であることに加え、新たな事態もあったりして、予断は許されず、労働組合の存在の重要性、引き続くたたかいの大切さを共有したつどいでした。

質問・答弁資料/楽寿会役員会

2月議会での私の一般質問と執行部答弁に、見出しを入れたりして今後の議会報告会などでの資料として使おうと思います。1期目にもしていたことですが、きょうも行った先で出会ったかたがたに、報告がてら、お渡ししました。

役員を務めている社会福祉法人・楽寿会の役員会に出席しました。

今年度最後の補正予算、来年度事業計画・予算がおもな議案でした。

自公政権時代に介護報酬とは別枠で介護職員処遇改善交付金がありましたが、これが来年度、民主党政権のもとで廃止されるため、介護報酬に移行するとか処遇改善加算を創設するとか、小手先で口だけの対応はあるものの、実質マイナスです。

「24時間地域巡回型サービス」創設が報酬改定の目玉とされていますが、人口密集地の都会ならともかく、都会以外ではこのサービス提供そのものが民間には不可能に近いのです。

自力で有料老人ホームを建て、要介護の高齢者を集め、そこに「巡回型サービス」をするほかにありません。

政府は、「自宅で過ごしやすくすることで、施設入居を抑制する効果」をねらっているのですが、役員のなかからは、特別養護老人ホームつぶしではないか、の意見が出されるほどです。

いったい、民主党政権になって、よくなったことはどこにあるのでしょう?

わが家の庭の梅が開花。めぐる季節は確実です。

そのほかの写真はきのうのアクアマリンで。

小名浜の朝/アクアマリン3時間

けさは小名浜の定時定点の街宣を医療生協職員後援会員と実施。ちょっと間が空いてしまいましたが、少なくない「顔見知り」のかたがたが手を振っていってくれ、ありがたい限りです。

娘がきのうの夕刻から、大学の春休みで帰省しており、2人でアクアマリンふくしまへ。両手の指の数まで私は行ってはいないのですが、いつも後悔するばかりの時間で出てきてしまうので、きょうは3時間じっくり。

娘は、「いくつも水族館は行ってるけど、アクアマリンは展示の説明もていねいで、いちばん楽しく見て回れる」と絶賛です。

イワシの群れにはいつも感嘆。

トドのまわりはいつも人だかり。

親潮水槽を泳ぎ回るゴマフアザラシの「きぼう」。

飼育展示されているサンマ。

同じくいわき市の魚・メヒカリ(マルアオメエソ)。

水族館になぜか会津地鶏。

資料室では3・11の津波がアクアマリンを襲った映像が流されています。

ら・ら・ミュウ/「山六観光」/社長の複雑な心境

いわき・ら・ら・ミュウへ行き、2階市民ギャラリーでの「東日本大震災いわき市写真展」、同じく2階のライブいわきミュウじあむでの「東日本大震災 いわきの『歩み』と『学び』展」を見ました。

その前に、塩屋埼灯台のすぐ下の「山六(やまろく)観光」へ寄り、店内に展示されている3・11当日の津波の様子の写真を見ました。

写真を撮った社長さんとは、実は3・11の2日後に、薄磯(うすいそ)地域の瓦礫のなかでばったりと出会っていて、写真を撮っていたことを聞いてはいたのです。

その後何度か会った際、そのことにはまったく触れられなかったので、なにか事情があるんだろうとは思っていましたが、やはり、「あんな状況のなかで写真を撮っていたとはなんだ、と受けとられると思い、ずっと表には出す気にはなれなかった」とのこと。

あの津波と被害の現実は、その場にいた者でないと分からないと思うが、その現実を写真で知ってもらうこともあっていいと思うにいたり、昨年末に展示を始めたそうです。

「これでお客を呼ぼうとしてるんじゃないかと思われるのもいやなんだ」と、社長の心境は複雑です。

原発の地震・津波対策を訴えた05年時の背景

党のいわき北部後援会主催で「原発事故を知り、語り合いましょう」と題したつどいがありました。

開会あいさつを後援会長の伊東達也さんがし、渡辺ひろゆき市議と私がそれぞれ40分ほどお話をしました。

私は「県議会で日本共産党は何を訴えたか」。03~07年の1期目だけでも、あらゆる問題を訴えましたが、当時がどんな背景だったかにも触れました。

当時の知事は、プルサーマル導入や核燃料サイクル政策にはきびしく異議を唱えていましたが、それはあくまで「原子力発電の健全な維持・発展を図る」ことが前提でした。それは本会議でのやりとりでもはっきりと表明していました。

また、きのうの「ふくしま復興共同センター」の総会で記念講演した浪江町長とは、私が1期目の県議時代は同じ委員会に所属しており、06年9月の一般質問では、維持基準やプルサーマルの導入を前へ進める議論を始めるべきだ、と主張していました。

昨年末に『原発のコスト』を岩波新書から上梓した大島堅一さんは、「こと原子力政策については、社会科学の領域でも批判的に研究している専門家は極端に少なく、時として孤独な作業を強いられます」と「あとがき」で吐露していることを紹介しました。

こうした状況が支配的なもとで、原発の危険性を指摘し続け、05年2月議会で、地震・津波・原発事故が重なって、放射性物質がまき散らされ、人類未体験の破局的災害はぜったい避けなければならないと訴えた契機も話しました。

前年のスマトラ沖地震での津波映像の衝撃、地震学者による「原発震災」への警鐘、市民団体による県・東電に対する、チリ地震級の津波によっても福島原発は重大な事態になることへの対策を求める申し入れでした。