富岡町の住民の案内で、そのかたが避難しているいわき市内の地域の人たちと宮川県議とで、富岡町に入りました。
富岡町は、先月(3月)24日までは「警戒区域」でしたが、25日から「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」「帰還困難区域」の3つに「再編」されました。避難指示は継続中で、宿泊はできませんが、立ち入ることができます。
農家でもあり、建設業も営んでいたお宅ですが、近くに牛を飼う家はないのですが、牛が来ていた痕跡はその糞で明らかです。
台所は2年前に出てきたまま、電気が切れたまま2年が過ぎた冷蔵庫の中は朽ち果てた状態。
離れの家屋は2年前はしっかりしていたとのことですが、地震によって窓が開いたままで、見るからに住める状態ではありません。
町のシンボルの夜の森桜並木にも寄りました。
今月9日には満開になったのですが、同日、取材を受けた町長は、「これはひどいな。花の数が少ない」と語った、とのこと。この2年間、町が行なっていた維持管理は手つかずの状態です。
いわきにもどってからは、3日前に薄磯(うすいそ)地域の人たちから話を聞き、きのう市役所でその地域の復興計画を聞き、きょうまた薄磯地域をたずね、懇談しました。
塩屋崎灯台がある観光スポットでもあり、避難経路となる道路のこともまた課題として話題です。