衆議院が解散されました。
年の瀬選挙は29年ぶりで、第二次世界大戦後、23回目の衆院選のうちでは5回目です。
最初は1969年、佐藤栄作内閣時、11月21日にワシントンで「核抜き、本土並みで72年に沖縄施政返還」を内容とする共同声明を発表して帰国後、12月2日に解散、27日投票。「沖縄解散」です。
2回目は72年、田中角栄内閣時、7月の組閣から2か月半後に日中国交正常化を果たし、戦後27年で両国の戦争状態に終止符を打った機会をとらえて11月13日解散、12月10日投票。「日中解散」です。
3回目は76年、三木武夫内閣時。7月26日に前首相・田中角栄がロッキード疑獄で逮捕され、あれこれあって「三木降ろし」に耐え、戦後初の任期満了選挙が12月5日投票。「ロッキード選挙」です。
4回目は86年、中曽根康弘内閣時。10月23日に田中角栄に1審実刑判決が下され、議員辞職勧告決議案などで空転したあげく、11月28日解散、12月18日投票。「田中判決解散」でした。
ちなみに、年末解散・年始投票は2回ありました。吉田茂第二次内閣時、1949年12月23日解散、翌年1月23日投票の「馴れ合い解散」が1回目。2回目が佐藤栄作内閣時の1966年12月27日解散、翌年1月29日投票の「黒い霧解散」でした。
(以上、石川真澄・山口二郎著『戦後政治史』岩波新書[第三版]を参照しました)
そして今回が戦後5回目の年の瀬選挙です。今回の解散の「通称」がどうなるかはともかく、消費税増税と社会保障改悪の「一体改革」ばかりでなく、震災復興予算の流用を認めた復興基本法、労働者派遣法改正の骨抜き、年金引き下げなどなど、民主、自民、公明の「談合」は常態化です。「民・自・公談合」による解散ですが、本質は「政権交代見放され解散」です。
この談合勢力にきっぱりとした審判を下すべき選挙だと思います。
私は私で、18日と28日に予定している原発事故報告会や消費税学習会の準備、先日の相談内容を県に伝えるために市内の県合同庁舎訪問、県議団としての12月議会代表質問準備と追われました。