4月にアパレル関連の事業所閉鎖・解雇を言い渡されたという50代前半の女性から話を聞きました。パートとはいえ、午前9時から午後5時までの勤務、社会保険も厚生年金も会社を通しての加入でした。
3月11日の大震災と12日の福島第一原発1号機建屋爆発後、自宅待機を指示され、4月上旬には解雇通告。「取引会社に放射線を浴びたものをお出しするわけにはいかないので、事業所を閉鎖する」、というのです。
ちょっと前までは、現場上司の「来年からは時給も上がると思う」という言葉を信じ、あと10年はここで働き続けようと思っていました。
この会社の本社は東京で、全国に営業拠点を持ち、生産・物流拠点もいわき市を含めて各地にあり、海外にもあります。今年2月期の売上高は687億円。株式の90.3%を伊藤忠商事が持っています。
解雇通告があったときの本社役員の話の冒頭は「あと1年ぐらいでいわき工場は閉鎖するつもりだった」という話。
5月に入ってからの失業保険説明会後、今後の話を聞くと、「原発事故が落ち着けば、もどってくるかもしれない」と。
「1年後に閉鎖」の話もはなはだ怪しい。
いわき市内では、こんな実態が広がっているように感じています。「お客の声」を口実に事業所を閉鎖して解雇する会社も問題ですが、原発事故さえなければない話です。
こうした家族の「損害」の全面補償・賠償はあたりまえです。
尽きない彼女の話を聞いてから、ご近所240軒ほどにチラシを配布。原発事故を「人災」と認め、早急に全面補償を求める党県委員会の見解が表面、この2か月間の私の活動を写真を中心に知らせるのが裏面です。