【双葉町商店街】
党県議団として、広野町と双葉町をたずねました。 広野町では、昨年12月の町長選で新たに町長となった遠藤智(さとし)町長から「避難からの復興の現状と今後のとりくみについて」話をうかがいました。
広野町は、福島第一原発から20~30km圏内にすっぽり入り、2011年3月13日に前町長が全町民に避難指示発令、同年4月22日には町全域が緊急時避難準備区域に指定、5か月後の9月30日にはその指定が解除され、翌2012年3月31日には町長発令の避難指示も解除された町です。
【双葉中学校・校庭】
しかし現実は、今月半ばでも5,100人強の町民のうち町内にもどった住民は1,600人強の3割程度。仮設住宅との「二重生活」を続けざるを得ない住民を含めても5割ほどです。
住民の生活再建にとって、生活し続けることができる環境整備は不可欠ですが、医療・介護・福祉・商業など生活環境整備はこれからです。生活再建の前提と言っていい賠償についても、精神的損害賠償の延長、早期帰還者に対する精神的賠償の追加、旧緊急時避難準備区域に対する新たな損害賠償制度の創設を国に求めている、とのこと。
【双葉中学校】
双葉町では、副町長はじめ3人の職員の案内で役場など町内を回りました。震災後では初めてです。
住民の96%が住む地域が帰還困難区域で、残り4%の避難指示解除準備区域も津波被災地で国によるその区域の除染計画は今月15日に策定されたばかりで、現実は、倒壊した家屋は放置され、被害が少なかった家屋も雨漏りやネズミ被害などで荒廃し、上下水道は被害状況調査すら着手できていません。
【広野町役場】
昨年12月に公表された住民意向調査では、「戻りたいと考えている」のが1割程度、「戻れないと考えている」という住民を含め「戻らないと決めている」のが65%、「判断がつかない」のが17%です。
こういう現実の原因者が国であり、東電です。そしてこの現実が国家によってなかったかのようにされているのです。
かつて私も国政選挙で街頭宣伝して歩いた商店街の様子、あの日、卒業式だった双葉中学を見るにつけ、あらためて悲しみと憤りと怒りと、職員のみなさんの話を聞いての希望と展望と、はなはだ複雑な気持ちが率直な感想です。
【双葉町役場】