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県議会奮戦記 >>> 2006年2月定例県議会一般質問

2006年2月定例県議会一般質問
                                          

 日本共産党の長谷部淳です。日本共産党を代表し、質問をいたします。

 県民の暮らしの実情を見ると、県内の生活保護世帯はこの四年間で一・三倍になり、全県で一万世帯を超えました。国民健康保険税の滞納世帯は全県で七万世帯を超え、国保世帯の一八%、とりわけ市部では二一・三%と五世帯に一世帯以上が滞納せざるを得ない現実です。県立高校の授業料免除生徒数はこの四年間で一・七倍になり、小・中学生への就学援助でも二〇〇四年で一万三千人を超え、四年間で一・四七倍です。

 また昨年の県内の自殺者は、六六九人となって二〇〇四年を上回って史上最悪、交通事故死の四倍を超えています。このうち五〇代の自殺者が一八三人、四〇代が一二〇人、まさに働き盛りのかたがたで四五%を占め、六五歳以上でも一四五人とこれも深刻です。原因別では経済的理由と家庭内などの人間関係が最も多く、社会的経済的要因によって自殺者がふえていることは明らかだと思います。

 このように県内では、経済的格差と貧困が深刻な形で広がっていますが、予算編成にあたり、知事はこうした事態をどう受け止められ、格差縮小、貧困の解消を進めるうえでどう反映されたのか、お聞かせください。
 
 こうしたもとでの二〇〇六年度の政府予算案は、国民のこうした暮らしの実態にさらに追い打ちをかけるものといわなければなりません。小泉内閣のもとでは五回目の予算編成ですが、また国民に総額二兆七千億円もの新たな負担を押しつけようとするものです。すなわち、定率減税の全廃、年金給付の削減、高齢者の医療改悪、介護保険料の引き上げなどです。

 すでに小泉内閣のもとでは、二〇〇二年の高齢者病院窓口負担増、二〇〇三年のサラリーマン本人の病院窓口負担増、年金保険料の引き上げなどで約六兆七千億円の負担増が実施され、先々月からの所得税定率減税半減などすでに決められている負担増が約三兆九千億円、あわせて一〇兆六千億円の負担増ですから、来年度予算案に盛り込まれた負担増を加えると、一三兆三千億円であります。一人でこれだけの連続負担増を押しつけた首相がいるでしょうか。

 これだけの負担を押しつけておきながら、小泉内閣が五年間でつくった新たな借金は一七一兆円であります。小泉内閣の前の橋本、小渕、森の三代の内閣が五年間で作った借金は一五三兆円で、二〇〇〇年度の予算編成時、当時の小渕首相は自らを「世界一の借金王になってしまった」(九九年一二月二〇日)と言っていましたが、小泉首相に自覚があるかどうかは別として、小渕氏を上回る史上最悪の借金王であることは間違いありません。

 負担押しつけ王でありながら、借金王でもあるのは、空前の利益を上げる大企業への減税や、株式売買をつうじて巨額な利得を得る資産家への減税という、税金を集める面での聖域と、関西国際空港二期工事などの巨大空港、京浜、名古屋、阪神の「スーパー中枢港湾」整備などの巨大港湾、三大都市圏の環状道路整備など大都市部の高速道路、治水・利水上の根拠を失った群馬県の八ツ場(やんば)ダムなど巨大ダムなどの大規模事業に予算を集中するという、税金の使い道での聖域をつくっているからにほかなりません。

 小泉首相は、国債発行額を三〇兆円以内に抑えたことを自慢していましたが、これは、家計への負担増と地方自治体への大幅な予算削減の結果にすぎません。知事は小泉内閣による家計と地方へのこうした負担押しつけをどう評価されていますか、所見をうかがいます。
 
 こうした悪政の防波堤の役割を果たすはずなのが、地方自治体であります。

 ところが、税金の使い方に関してみると、県政においても九〇年代半ばから始めた大型公共事業偏重でつくりあげた借金の返済に追われ、そのツケを、県民の暮らしのすみずみにまで押しつけながら、一方で大型事業を温存し、不要不急の事業に税金をつぎ込む姿から脱していないのではないでしょうか。

 県民へのツケという点では、今年度実施した敬老祝い金の廃止、重度心身障がい者の入院食事代助成の廃止は、「なぜそんなことをしたのか」と県民のみなさんの怒りの声を私は各地で聞きました。
 
 同時に、「なぜ小名浜沖にいまお金をかけて人工島を造らなければならないのか」との声も同様に聞きました。とりわけ漁業にたずさわるかたがたからは、 「人工島造りよりも、漁業のほんとうの振興と漁民の暮らしを考えてほしい」との切実な声を聞きます。

 当局は、この人工島をやめても浮くお金はたいしたことはない、といいます。しかし、総事業費予定七三〇億円、そのうち県が負担するのは借金を含めて四二〇億円あまり、今年度まで県は一四〇億円あまりを費やし、今年度も七億六千万円あまりを使い、来年度も今年度程度を予定しているようです。重度心身障がい者の入院時食事代の助成にかかる費用は四億円程度です。どこが「たいしたことはない」のでしょうか。

 私は、この小名浜東港地区の人工島については凍結し、宮城県や茨城県の近隣港湾との連携や、県民の要望、県内の経済社会情勢などからあらためて検討しなおすべきだと思いますが、知事の考えをお示しください。
 
 また、県が首都機能移転事業にお金を費やしていることを県民のみなさんへ知らせると、「なぜそんなことにお金を使うのか」と驚くと同時にあきれる声ばかりです。不要不急の最たるもので、執行額も毎年減るものの、すでに八億円あまりを費やし、来年度も千五百万円あまりの計上です。首都機能移転対策事業への予算計上をきっぱりと取りやめるべきだと思いますが、知事の見解をお示しください。
 
 次に原子力行政についてうかがいます。

 政府は昨年一〇月、本県の意見を一顧だにせずプルサーマル推進を明記した原子力政策大綱を決定し、今年の一月六日、電力各社がプルトニウム利用計画という名のプルサーマル計画を公表しました。

 この計画で使われようとする原子炉の数は、ただの一基でも実現していない九七年の計画と同じであり、従来計画の引き写しにすぎません。

 知事は、九七年計画への事前了解を白紙撤回し、今回の計画が明らかにされた際にも、「県内の原発での実施はありえない」とするコメントを発表しました。その姿勢を私は高く評価するものです。

 私たちがプルサーマルを問題にするのは、MOX燃料を使う原子炉の安全性への疑問、核燃料サイクルのうえでの技術的困難に対する疑問になんら答えない計画だからにほかなりません。

 原子炉の問題でいえば、制御棒の利きが悪くなる問題への対応が不明確であるうえ、原子炉に異常が生じた際にどうなるのかの検討もないまま、試験的な運転をいきなり商業用原子炉で行なおうとする計画であります。

 核燃料サイクル上の問題でも、MOX燃料を使うことで放射線の防護が困難になること、同じく核分裂をしない始末に終えないプルトニウムがどんどん蓄積されること、さらには高レベル放射性廃棄物中に数万年・数十万年という極端に寿命の長い放射性元素が増加するのに、その処分方法すら決まっていません。

 したがって、老朽化が進むばかりの原発において、プルサーマルは、原発の現状の危険と問題をいっそう増大させるものであり、県内原発での実施はありえないものです。
 
 さて、二〇〇二年に発覚した東電のトラブル隠しの九年も前の一九九三年、第一原発6号機で、交換した原子炉給水流量計の精度試験数値が改ざんされていたことが今年の一月三一日に明らかになりました。県が指摘するように、「システムとしてコントロールできる体制づくり」を国と事業者に求めることは当然です。

 東芝は福島第一、第二にある計10基のうち6基の建設にかかわっていると聞いています。コントロールできるシステムがないまま、一三年前の改ざんが明らかになったわけですから、その前後に同様の事態がなかった保障がないことは、第一原発6号機以外の流量計では不正はない、としていた東芝が、実は東電柏崎刈羽原発7号機でも同様の不正があった可能性が高い、と発表したことや、なによりも長年にわたった東電の不正隠ぺい事件でも明らかなことです。県は、この事案の背景に関してどのような認識をおもちかお聞かせください。あわせて、東芝がかかわった県内原発に関し、県を含めた第三者による総点検をすべきだと思いますが、考えをお示しください。
 
 また、先月七日の東電の発表によれば、第二原発3号機の原子炉再循環系配管の継ぎ手で昨年五月、深さ五・八ミリ、長さ約一七ミリのひびが見つかったとされる部分を切り出して調べたところ、ひびの深さは実は七・八ミリで、ほかにも深さ五・四ミリのひびが入っていることを発見した、とのことでした。

 もともとこのひびは、「維持基準」に照らして「五年以上運転を続けても問題ない」とされ、念のため交換して調べたらわかったというものです。

 知事は、二月一六日の会見で、「応力腐食割れに関する客観的な見解がまとまっていない中で、溶接だと判断したらひびだった。現実はこれが技術のレベル」と述べていますが、まったくそのとおりだと思います。原発の老朽化がいかに想定外の事態を生み出し、同時に、「維持基準」のでたらめさ、超音波探傷試験能力の認証制度の危うさを露呈したものというほかにありません。

 制御棒のひび割れ、冷却水の水漏れなどハード面のトラブルがあいかわらず発生し続け、なおかつ、技術未確立な検査を導入しようとしたり、納入期限に間に合わせようとするためにデータを改ざんすることも、シュラウド交換など多額の費用をかけて大規模改修を行ない、なるべく長く使おうとすることからくるものであって、すべてが原発老朽化に関係するものではないでしょうか。ハード面でもソフト面でも、不安定要因をどんどんと蓄積させているのがいまではないでしょうか。日本原子力研究所の研究員を長年勤めた研究者が、「この原発だけは『廃炉』を」と提言する福島第一原発1号機から5号機は、県としてはっきりと廃炉の検討を求めるべきではないでしょうか。見解をお聞かせください。

 次に、義務教育費国庫負担にかかわる知事の認識をうかがいます。

 知事は、今年の年頭所感においても「義務教育費国庫負担金の廃止を始め、更なる分権改革を推進」するとして、義務教育費国庫負担の廃止をあたかも分権の象徴のように見ているようであります。私は知事の考えはまったくのお門違いではないか、と思います。

 この問題が浮上したのはいわゆる「三位一体の改革」に端を発します。だいたい政府によるこの「三位一体」は、二〇〇三年六月の「骨太の方針第三弾」で明らかにされたように、奨励的な国庫補助負担金についてはその八割を税源移譲し、それとは別に地方交付税の縮小は進める、というものですから、もともと「三位一体」ではなく、「三位バラバラ」が本質です。「三位一体」の言葉を使うなら「いつわりの三位一体」です。
 
 それはともかく、二〇〇四年六月の「骨太の方針第四弾」によって三兆円規模の税源移譲を行なうことになりました。どこから捻出するか。二〇〇五年度の義務教育費国庫負担金は約二・五兆円ですから、これを一般財源化すれば、残りは五千億円であり、三兆円規模の補助金削減には他の省庁や関係諸機関も応じられないが、五千億円なら削減に応じるだろう、というのが事の真相ではないでしょうか。
 
 政府の骨太の方針では、二〇〇三年、二〇〇四年とそれぞれ「地方交付税の財源保障機能については、その全般を見直し、…縮小していく」「地方交付税については、地方団体の改革意欲を削がないよう、国の歳出削減の見直しと歩調を合わせて、地方の歳出を見直し、抑制する」と明記されています。
 
 こうしたもとで、義務教育の水準維持に必要不可欠な教職員の給与費が一般財源化された場合、これを教職員の給与費以外に使わないとする保障はあるのですか。その根拠をふくめてお答えください。
 
 知事は前議会での神山議員の質問に対し、義務教育関係経費に占める国庫負担金の割合は三割をきっているのだし、教育は地方の事務になったのだから義務教育費国庫負担廃止は当然であるかのような答弁をされました。
 
 義務教育関係経費の国庫負担割合が三割をきっているのは、一九八五年度に旅費・教材費、八九年度に恩給費、九三年度に共済費追加費用など、二〇〇三年度に共済費長期給付、公務災害補償、そして二〇〇四年度に退職手当、児童手当が次つぎと一般財源化されたからにほかなりません。
 
 そこでうかがいますが、これら一般財源化された財源は、県として、義務教育費関係経費以外に流用はしていない、と明言できますか。これも根拠をお示しのうえお答えください。
 
 いずれにせよ、一般財源化されれば、それをどう使うかは知事の裁量になりますから、選挙で知事が代われば、教育の方針や政策が変わりうることも当然のことです。また、予算編成時においても、教職員の給与をふくむ教育予算の配分も折衝や審議の対象になりますから、政治的圧力や統制が教育と教育行政に及ぶこともありうることです。つまり、知事や一般行政の権限が強まり、地方における集権が強まることの懸念にはどう答えるのでしょうか。お答えください。
 
 私は、この義務教育費国庫負担の問題が、国の歳出抑制という発想から始まり、財界の意向が直接に反映される経済財政諮問会議が主導しているがために、教育の改善・充実をどうするかがすっぽりと抜けたままの議論になっていることがきわめて重大な問題だと思っています。
 
 義務教育の社会的意義をどう考えるか、国が憲法に基づき義務教育分野で責任をもっておこなうべき事業は何か、義務教育に対する国と地方の役割・責任分担はどうあるべきか、など、本質的な議論がされていないのではないでしょうか。
 
 義務教育にとって、その水準維持・財源確保と、地方の裁量とは、両方とも不可欠な要件です。そうであれば、義務教育については、国の責任においてその基本的な枠組みを決め、かつ、財源の保障をとおして教育水準を維持し、そして地方の裁量で公立学校の設置・運営を始め、その事業を推進する、というのが憲法に基づいた姿だと思いますが、県教育委員会委員長の見解をお聞かせください。

 教育の関連で、今年一月三一日付けで出された教育長名の「福島県立高等学校学則の一部改正」の通知に関してうかがいます。
 
 これは、授業料の未納者の除籍を追加するという、教育的見地から見るならば、およそ教育的でない考えを現場に持ち込むことではないでしょうか。
 
 高校進学率が九七%を超え、半ば義務教育の状況に近くなっており、授業料免除の制度を充実させるなど、子どもの「学習権」を保証することこそ県政に求められると思います。

 県は二〇〇四年に「三か月以上の滞納者に対して出席停止処分にする」とした「マニュアル」を策定して県民を驚かせました。この一年半に「出席停止処分者」が一人も出ていないにもかかわらず、一貫して子どもや保護者を犯罪者扱いし、「重罰を課す」と脅せば未納が減ると錯覚しているのではないですか。

 いま、教育も社会も、知事がいう「共生の論理」による教育と社会をめざすのか、そうではなく、「競争原理」「強者の論理」によって教育と社会を再編し、そこで生じるもろもろの不平等や差別・排除を能力主義と自己責任論によって正当化するのか、その岐路に立っていると多くの人々は感じていると思います。

 また一方、一九六六年の国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の第一三条(b)(c)項は、中等・高等教育の無償制を求めています。この条項に対して留保しているのは、締約国一五一か国中、ルワンダ、マダガスカルと日本の三か国だけですが、「経済大国」日本の姿勢は際立っています。高等教育の無償制は世界のすう勢です。

 知事が「大きな時代の変化に的確に対応していく」として「本県独自の施策展開」を進めるならば、高等教育の無償制をとおして教育の充実を図ろうとする世界のすう勢にこそ目を向けるべきです。

 私は、教育の現場で、ともに生きる「共生」、ともに創る「共創」を生かす立場から、この強権的な「学則改正」を撤回すべきだと思いますが、県教育委員会委員長の見解をお示しください。

 次に県内医師不足対策についてうかがいます。

 県内の医師数は、二〇〇二年から二〇〇四年の二年間で、人口当たりでは微増ですが、実数では減少しています。二〇〇四年の人口十万対医師数は全国平均より三〇人少なくなっていますから、実数では六三〇人の不足です。

 その日本の医師数は、OECD調査でも三一か国中、下から四番目という低さです。政府が「医師過剰論」を前提としていることは問題ですが、へき地対策や診療科での偏在、女性医師の就業環境整備を当面の課題として対策に乗り出していることは注目すべき点だと思います。

 本県においても医師確保を県政の重要課題として位置づけるとともに、医大においても総合診療部の開設、全国に先駆けて医学生がホームステイ方式で地域医療を体験するカリキュラムを導入したことなどはおおいに評価できるものです。

 重要なことは、当然のことですが、医師が自発的に県内に定着し、働き続けられる医療環境をつくることだと思います。特定診療科従事やへき地勤務を義務づけるような強制は、短期的に効果がでるとしても、これに頼るだけでは解決しないと思います。

 医学部をめざす高校生の段階、医学部学生の段階、卒前教育、臨床研修、後期研修、さらには医師としての研修機会の確保など、医師のライフステージに配慮しつつ、医師が生涯を通じて自発的に県内で医療活動を続けられるような医療環境を整備する県としてのグランドデザインが必要だと思いますが、見解をお聞かせください。

 また、医師の意欲がわきでる条件整備という面からいえば、何と言っても医師の研修と労働の環境を整備することは不可欠です。臨床研修指定病院に対する指導医確保や指導単位を保障するしくみ、県立病院の機能強化、医師の過重勤務を解消して潤いとゆとりがある生活の保障、それぞれの地域での機能連携、医療資源の効率的活用、比重が高まっている女性医師に対する支援、さらには中高年医師への支援などは、それぞれの事業者の努力だけではままなりません。直面する課題から中長期的に解決を図る課題までさまざまですが、これら施策や支援の具体化について県の考えをお聞かせください。

 さて、県内の医師数は県内地域のアンバランスも大きなものがあります。二〇〇二年度の数字で見ると、人口十万対で県内平均を下回っているのは南会津・相双・県南・会津・県中です。絶対数が少ないなかで、県北・いわきに偏在しているわけです。相双地区は、絶対数で見れば県平均から一二〇人、県南は六〇人、会津地方はそれぞれ二〇〜三〇人少ないのではないでしょうか。問題はこの二次医療圏における偏在だけではありません。たとえば県中の一九九八年から二〇〇四年までの医師数の推移を見ると、郡山市では九〇人ふえていますが、須賀川市では変化がありません。県北では、福島市では医大も含めれば五二人ふえていますが、二本松市では四人減っています。二次医療圏内においても、都市部に偏在する傾向が見られるわけです。

 住民にとって、日常的にかかりやすい範囲で必要な医療提供の体制を整えることは、事業者の良心で行なえるものではなく、やはり行政の役割は大きいといわなければなりません。私は、県民に身近な規模とする二次医療圏再編も視野に入れることも必要だと思いますが、各医療圏で完結できる医療供給体制の整備を図るため、県はどんな役割を果たそうとするのか、考えをお聞かせください。
 
 次に介護保険についてうかがいます。

 改定された介護保険は、昨年十月から一部実施され、今年四月から全面実施となります。もともと今回の見直しは、現実の介護の実態から出発したわけではありません。二〇〇四年四月、日本経団連は「介護保険制度の改革についての意見」を出し、社会保障の「高コスト構造」の「是正」と、新たな介護市場の創出を要求しました。こうした財界主導の「介護保険見直し」が具体化されてきたものです。
 
 ですから、介護保険導入時には県も市町村も、国といっしょになって、その導入の目的である「家族介護から社会が支える制度へ」、すなわち「介護の社会化」を錦の御旗として振りかざしたものの、今回の見直しにあたっては、政府によるその検証もないまま、「自立・自助」が前面に押し出されることになりました。
 
 そこでうかがいますが、県としては、介護保険導入当時の目的である「介護の社会化」がどのように実現し、どのような問題があると検証され、改定介護保険のもとで、介護保障と呼べるにふさわしい「介護の社会化」を進めるためにどのようにいかそうとされるのか、あるいは「介護の社会化」などはもはや不必要な理念とお考えなのか、お聞かせください。

 次に、新たな制度における市町村や現場への県としての支援にかかわってうかがいます。制度が大きく変更されることにともない、地域包括支援センター職員、ケアマネジャーやホームヘルパーの業務研修、介護認定審査会委員の研修など、それぞれの現場で介護保険を支えるかたがたにゆきとどいた研修が必要なことはいうまでもありません。そこでうかがいます。県は市町村の要望に基づき、各種研修をきめこまやかに実施すべきと思いますが、とりくみ状況をお聞かせください。

 なお、創設された新予防給付は、アセスメント、ケアプラン作成、「包括払い」の介護報酬など、さまざまな面でサービス切り捨てに誘導しようとするしくみが組み込まれていることは明らかです。そのことが国会で大問題になったため、当時の厚生労働大臣は「適切なケアマネジメントに基づいて提供される家事援助は認められる」「当該サービス期間が終了いたしましても、引き続き当該サービスが必要な場合には、当然に新たな提供期間が設定されて引き続きサービスを提供すべきもの」(〇五年四月二七日、衆院厚労委、尾辻大臣)と答弁し、県も昨年九月議会で、軽度者への家事援助サービスについて、「一律に制限されるものではなく、ケアマネジメントによる個別の判断に基づき、サービスを受けることが可能」と答弁されています。

 そこであらためて確認します。何が「適切なケアマネジメント」であるかの判断は、利用者本人の意思やケアマネジャーの専門性に属するものだと私は考えますが、見解を求めます。

 ところで、二〇〇四年度末現在の県の数字によれば、六五歳以上の高齢者四六万八一三一人のうち、住民税非課税のかたが三八万八六八人、実に八一・四%、圧倒的に本人は住民税非課税です。

 ここに小泉内閣による大増税がおそいかかり、高齢者の住民税は来年度、公的年金等控除の縮小、老年者控除の廃止、非課税限度額の廃止、定率減税の半減、と四つの改悪がのしかかります。これにより、年金収入は減るにもかかわらず、新たに住民税が課されることとなり、そのうえ介護保険料段階も高い段階へ移行させられる高齢者が発生します。いったい、税制改定により県内ではどれほどの高齢者が高い保険料段階に移行させられるのかお示しください。

 国では、〇五年度の「税制改正」、すなわち定率減税の半減と非課税限度額の廃止の影響に限り、二年間だけの経過措置というきわめて不十分な対策で終わらせようとしていますが、県は市町村と一体となって、きめこまやかな低所得者対策をいまこそ講ずるべきだと思いますが、見解をお示しください。

 また現在、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホーム、訪問介護、通所介護、短期入所の四つのサービスについて、法人が利用者負担を軽減できるように、国や自治体がその費用の一部を公費で補助するしくみがありますが、介護老人保健施設や介護療養型医療施設の入所者の利用料は、このしくみの対象にはされておりません。社会福祉法人以外の法人によるサービスであっても利用者負担軽減制度の対象とするよう県独自に拡充することが必要と思いますが、考えをお示しください。
 
 最後に出納局長にうかがいます。県警本部では毎年、出納局を通じ、警察官制服について指名競争入札で二億五千万円を超える買物をしています。

 そこでうかがいます。二〇〇三年度、二〇〇四年度、および今年度は昨年一二月までの各年度の入札につき、入札回数と、そのうち一〇〇%落札率は何回あったか、その一〇〇%落札による金額総額は、各年度の落札総額のどれほどの割合を占めるのか、また九九%台を含めるとその割合はいくらになるか、それぞれうかがいまして、質問を終わります。
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